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みんぱく公開講演会

開館40周年記念 国立民族学博物館公開講演会 食から成熟社会を問いなおす 料理と人間
講演資料

ごあいさつ
吉田 憲司
国立民族学博物館 館長

はじめに
国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館機能をもつ文化人類学・民族学の分野の大学共同利用機関として1977 年に 大阪・万博記念公園内に開館しました。今年、開館40 周年を迎えました。

この40 年間にみんぱくが世界各地で収集してきた標本資料は、現在、約34 万5000 点を数えますが、 これは、20 世紀後半以降に築かれた民族学関係のコレクションとして世界最大のものとなりました。また、みんぱくは、 その施設の規模において世界最大の民族学博物館となっています。

わたしたちは、2000 年から毎年秋、日本経済新聞社のご協力のもと、東京講演会を開催しています。とくに昨年からは、 みんぱくが進めている特別研究のプロジェクト「現代文明と人類の未来」の活動の一環として位置づけ、皆さまと共に、 現代の文明が抱えるさまざまな課題について考えようという意図で講演会を企画しています。今回のテーマは、 「料理と人間―食から成熟社会を問いなおす」です。

公開講演会のねらい
人間にとって「食」は生命の維持のための重要な手段ですが、それだけにとどまらず社会関係を築くうえで不可欠の要素となり、 グローバル化の進行の中で人類が築いた文明のあり方を変えるまでの力をもつようになっています。今回の講演会は、この人間の食のあり方を、 「料理」という視点から問い直してみようとするものです。

まず、はじめに、野林厚志さんから、「文明と文化のはざまの料理」というタイトルで、人間にとって「料理」とは何か、という問題提起がなされます。

続いて、中嶋康博さんは、飽食と飢餓というアンバランスな現象が生み出されているこの現代に、新たなフードシステムの可能性をさぐります。

そして、宇田川妙子さんは長年のイタリアでのフィールドワークをもとに、あらゆる場面でグローバル化が進む今日において、 ローカルな料理がどのように成立しているのかを語ってくれます。

今日の講演会を通じて、人間と食との関係を考える上での新たな視点が浮かび上がってくることを期待しています。
みんぱくの研究・収集・展示
みんぱくの50名の研究者たちは、世界各地でフィールドワークを行うとともに、現地の人びとの生活や文化をより深く理解するために、 標本資料、映像・音響資料などを収集・保存し、その一般公開をすすめています。

本館の常設展示場は、この3月に9年をかけた全面改修を終えました。関西へお越しの折には、生まれ変わった展示をぜひご「体験」ください。お待ちしております。

「文明と文化のはざまの料理」
野林 厚志
国立民族学博物館 教授

従来、生物個体が生命を維持するための基本的な要素であった食は、人類にとって生態学的、 栄養学的充足を満たす以上の役割を持つようになった。食は最も原初的な富の形態となり、生産(採集や狩猟も含む)、 貯蔵、交換といった行為を通じて、より大きな経済活動を構築する端緒を与えた。また、共食や贈与交換に代表されるコミュニケーション手段 としての食の役割はその範囲を広げ、国家や共同体の統合原理を構成する要素となったり、近年では「ガストロディプロマシー( 美食外交)」に見られる国家間の経済的、 政治的関係を深めるための外交手段にもなっている。また、減少しつつあるものの、世界の飢餓人口は約8億人を数える一方で、フードロスとよばれる食料資源の大量生産、 大量廃棄といういびつな状況も生じている。

今回の講演会では、食をめぐるこうした一連の問題を考えるうえで、「料理」を一つの切り口にしたいと考えている。

料理は人類によってのみ行われる行為であり、人類の発明でもある。料理は摂取する食料の種類や量、組み合わせを増大させ、それに必要な技術、技巧を生み出した。 また、「作る人」、「食べる人」のような社会関係をも構築させ、どんな相手と、いつ、どこで、どのように食べるのかが社会関係をはかる重要なバロメーターとなり、 食べること以上に、食べるものを用意することに重要な意味が加わった。料理は人間の食生活を豊かにし、食文化を支えてきた人類の財産である一方で、環境に負荷をかける食料生産、 格差社会の具現化、可視化にも深く関わってきたのである。

料理とは、「自然資源から生態資源を認識し、それらを計画的に収奪し、目的にあわせた食料資源の消費を行う一連の行為」として定義するとともに、 それらが世代を越えて継承される文化装置としてとらえ、文明と文化の境界面に存在する料理が人間にとってどのような意味を有してきたのかを考えてみたい。

講演1

「ポスト食遷移と新たなフードシステムの可能性」
野林 厚志
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授

第二次大戦後、人類の食をめぐる環境は大きく変容した。終戦直後の1950 年頃、世界人口は約25 億人であったが、 現在はその3 倍近くの74 億を超えていて、2100 年には110 億人なると予想されている(国連「世界人口展望」:中位推計)。 このように人口が爆発的に増加したため、19 世紀の経済学者ロバート・マルサスが『人口論』で提起した人口と食料をめぐる悲観論は20 世紀においても支配的であった。 ただし、小麦や稲における緑の革命の成功もあって、現時点では世界全体でみると食糧不足ではない。2011年の1人当カロリー摂取量は、 世界平均で2,900kcal、後発開発途上国でも2,300kcal となっている(FAOSTAT)。

しかし今でも世界では8 億人が栄養不足状態である。国連の持続可能な開発目標(SDGs)では、17 の目標の一つとして「飢餓をゼロに」を掲げている。 この栄養・食料不足は食料配分機能の不全に起因している。これまでの世界的な改善の取り組みは成果をあげてきたが(国連ミレニアム開発目標)、 その完全な解決には多くの困難が見込まれている。

一方、先進国では食料が満ちあふれ、その結果、肥満が最も深刻な社会問題の一つになっている。その状況を生んでいるのは、動物性食品や油脂、甘味料の過剰摂取である。
出典:小林和彦「循環型社会に向けた食遷移への挑戦」『弥生』48 号、東大農学部、2009 年

「人々が豊かになると、主食が減り(図1)、動物性食品が増える(図2)傾向」、すなわち「食遷移(Dietary Transition)」が 世界的に見られる(Smil and Kobayashi)。先進国のこの「豊かな」食料消費は世界の食料生産の発展によって支えられてきた。わが国の食はその典型であり、 小麦や大豆、飼料穀物のほとんどを海外に頼っている。

飽食は人々の健康問題だけでなく環境問題も引き起こす。たとえば、動物性食品の生産には、大量の飼料穀物が必要だが、戦後にそれを満たすべく生産が拡大した。 穀物増産のために多くの窒素が投入されることになったが、牛肉生産の場合にその窒素成分がタンパク質にとどまるのは一部だけで、90%以上が環境に放出されるという(Smil)。 最近では、肉牛飼養時の温室効果ガスの排出による環境問題が懸念されている(IFPRI)。

戦後社会の変化は消費者への食料の届け方も大きく変えた。日本では人口の増加とともに急速な経済成長が進んだが、豊かになった人々は都市に集中することとなった。 この人口の偏在は農業生産の偏在も引き起こした。例えば東京では、多くの農地が転用されたこともあり、周辺県で生産される農産物では足りず、 北海道や東北、九州などの遠隔地から燃料を消費しCO2 を排出しながら大量の農産物を運んでこなければならなくなった。このような状況下で、輸入農産物も含めて、 われわれの生活環境とは縁もゆかりのない食材が増えていった。都市化によるライフスタイルの変化もあいまって、伝統的な家庭調理へのこだわりが失われていったと言えるだろう。

以上のように、戦後の人口増加、経済成長、都市化の進展は、食の経済に大きな変化を迫ることとなった。しかし世紀末前後に、世界のあちこちで人口、 経済、都市化をめぐる状況が大きく変容し始めている。先進国ではすでに逆転現象が起こっていて、食料の確保に「あくせく」しなくてもよくなり、余裕が与えられることとなった。 持続可能な社会を実現するため、環境・倫理問題も踏まえた新たな食のあり方を探る消費者が増えつつある。その過程でポスト食遷移としての食料消費スタイルが創造されるのではなかろうか。 それを実現するためには、新時代の地産地消と言うべき、新たなフードシステムが必要となるだろう。人口、経済、都市化をめぐる事情において世界の最先端を走る日本は、 そのトップランナーとなれるのかを考えてみたい。


参考文献
Vaclav Smil and Kazuhiko Kobayashi Japan’s Dietary Transition and Its Impacts, MIT Press, 2012. Vaclav Smil Enriching the Earth, MIT Press, 2001. International Food Policy Research Institute (IFPRI) Food policy in 2015-2016: Reshaping the global food system for sustainable development, 2016.

講演2

「イタリア料理からみるグローバル、ナショナル、ローカル」
宇田川 妙子
国立民族学博物館 准教授

イタリア料理と地域性
イタリア料理・食といえば世界的に知られているが、イタリア人自身もそのおいしさ・豊かさをよく自慢する。 2015 年には食を統一テーマとした万博がミラノで開催された。また、イタリアで発祥したスローフード運動は今では国際的な組織になっており、 イタリア料理もその一部をなす地中海料理は、2010年世界無形文化遺産に登録された。

ところで、こうしたイタリア料理・食の特徴の一つは、地域性である。現在もイタリア各地の食のあり方は非常に多様であり、 そのおいしさ・ヘルシーさも、食が地域に根付いていることに関わりがあるとされる。実際スローフード運動も、ファストフードに代表される画一化した食に対抗して、 地域の多様な食を尊重していこうとする活動である。
ただしこの食の地域性、ローカル性は、現在のグローバル化のみならず歴史をさかのぼってみても、外部との交流のなかで培われてきたことに注意したい。
家族総出でブドウの収穫をし、ワイン作りをする様子(ローマ近郊)。

そもそも「イタリア料理」とは
まず「イタリア料理」についてだが、じつはその歴史はまだ浅い。一般的に、国名を冠する「○○料理」はナショナル・キュイジーヌとも呼ばれ、 近代国家の成立と関連があるとされるが、同様のことはイタリアにも当てはまる。イタリアが国家として統一されたのは1861 年だが、 当時、食に関しても全国共通の特徴があったわけではない。

そうしたなか、1891 年出版のアルトゥージの『料理の科学とおいしく食べる技法』という、各地のレシピを集めた料理書の影響は大きかった。 この書は、今でも各家庭に1 冊はあるといわれるほど普及し、現在に至るイタリア料理の指針となった。

もう一つは移民である。同時期、とくにアメリカに移住したイタリア人は多くの困難にあいながら、生活手段の一つとしてイタリアレストランを開き、成功した。 この経験はイタリア人としての自意識を醸成するとともに、イタリア料理というカテゴリーの形成にも大きな意味をもった。
家族のためにニョッキを作る女性たち(ローマ近郊)。

地域と食の関係
こうしたイタリア料理の形成・平準化はその後も進んだ。ただし、『料理の科学とおいしく食べる技法』が諸地域のレシピの集成であったように、 そこには地域の多様性という要素も組み込まれていた。イタリアではすでに中世後期には旅行記等に各地の料理にかんする数多くの記述がみられる。 中世、イタリアの各都市は周囲の農村を巻きこんで成長するとともに都市間の交易も発達した。その過程で各地域の食にも関心が集まっていったと考えられる。

しかも、この場合の「地域」とは、州などのいわば広域の地方ではなく、都市などの「町」のレベルであることにも注意したい。 もちろん州や県ごとのカテゴリー化もあるが、それは国家成立以降、ローカルな食のナショナルな再編によるものとみなしたほうがよい。 一方、人々の食の実態からみると、今でも彼らの食が根差しているのは「町」である。

イタリアでは現在も各自が生まれ育った町に強い愛着を持ち、町社会の人間関係も緊密だが、そうした愛着や社会関係の醸成・維持には、じつは食が大きな役割を担っている。 その詳細は報告で述べるが、彼らにとって地域の食とは、ただ土地に固有のものというだけでなく、それをみなで共に食べながら社会を作り上げてきたという意味で、 自分たちの歴史や社会を体現し記憶するものなのである。
ローマ近郊の青空市場の一角。

グローバル化のなかの地域の食
そのイタリアでも現在、町のあり方は大きく変化し、食生活にもグローバル化の波が押し寄せている。 しかしそのなかで、地域に根差す食を取り戻そうとするスローフード運動が生まれたことは興味深い。ほかにも食を地域の観光資源とするアグリツーリズムなど、 食への関心は地域興しなどと結びついて再び大きくなっている。国やEU の次元でも、食品の地理的表示を規定・保護する制度が作られている。

この動きは、一つには彼らの食と地域との関連の強さゆえだろうが、他方では、人・モノ・情報のグローバル化の産物でもある。グローバル化に反発するだけでなく、 それを積極的に利用してもいるのである。ゆえに近年の食の地域性は、市場原理によって資源化された商業主義的なものでしかない等という批判もある。

ただし、そもそも彼らの食の地域性自体が、常に外部との様々な接触や交流のなかで変化してきていることは忘れてはならない。 それは過去の伝統そのままではなく、新たに作りだされることも多い。そしてこのことは、世界の他地域の料理・食にも当てはまるだろう。

では、グローバル化の影響が様々な次元で大きくなっている今、私たちは自らの食や料理をとおして、さらに複雑化する社会とどう関わっていくのか…イタリアの事例は、 そうした現代の食と社会の関係を問い直していくうえでも様々な示唆を与えてくれるだろう。
アルトゥージの『料理の科学とおいしく食べる技法』は現在も本屋で売られている。下段中央の小型の黄色い表紙の書籍がそれ(ローマ)。 1931 年イタリア観光局が作成した「イタリアのガストロノミ―地図」。